女優の中村ゆりさんが、2026年9月1日に直腸がんのため44歳で亡くなった。所属事務所アルファエージェンシーが9月14日、公式サイトで訃報を発表した。
中村さんは13年前にもがんを経験しながら仕事を続け、2025年1月の再発後も病気と向き合いながら女優活動を続けていた。この記事では、事務所発表と報道をもとに、闘病から死去までの経緯と、これまでの代表作を整理する。
中村ゆりさんはどんな女優だったか
中村さんは1982年3月15日生まれ、大阪府寝屋川市出身。1996年にテレビ東京のオーディション番組『ASAYAN』に合格し、友人とのデュオ「YURIMARI」で1998年に歌手デビューしたが、翌1999年に解散している。
その後、映画プロデューサーの勧めで2003年にオーディションを受け、女優へと転身した。大きな転機になったのが2007年公開の映画『パッチギ! LOVE&PEACE』で、この作品で全国映連賞女優賞、おおさかシネマフェスティバル新人賞を受賞している。
以降、映画では『呪怨』(2009)、『はやぶさ 遥かなる帰還』『EDEN』(いずれも2012)、『そして父になる』『百年の時計』(いずれも2013)、『市子』(2023)、『あまろっく』『鬼平犯科帳 血闘』(いずれも2024)、『平場の月』(2025)など幅広い作品に出演。テレビドラマでもNHK大河ドラマ『龍馬伝』や『グッド・ドクター』(2018)、2020年には『今夜はコの字で』で37歳にして初の連続ドラマ主演を務めるなど、着実にキャリアを重ねてきた。
直近では、草なぎ剛さん主演のドラマ『終幕のロンド―もう二度と、会えないあなたに―』にも出演していた。遺品整理人を主人公にしたヒューマンドラマで、中村さんは夫との関係に悩みながら主人公と心を通わせていく人妻役を演じていた。
闘病から死去までの経緯
事務所の発表によると、中村さんは13年前にもがんを患っていた。当時は本人と事務所社長の判断で「病名は、仕事の方々には余計な心配をおかけしてしまうので、言わないようにしましょう」と決め、病名を公表せずに仕事を続けていたという。その後は寛解し、通院を続けながら女優活動を続けていた。
しかし2025年1月、がんの再発が判明する。手術自体は成功したものの、その後転移が確認され、根治を目指すことが難しい状態になった。それでも中村さんは病気について熱心に学び、主治医からも就業継続を勧められるなかで、がんと向き合いながら治療と仕事を両立させていたという。
2026年7月13日には、NHK総合で2027年1月に放送予定だったドラマ10『デンジャラス』を、腸閉塞の治療のため降板したことがNHKから発表された。代役は菊地凛子さんが務めている。この時点では、腸閉塞の治療を終えたのちの復帰が見込まれていたとみられる。
ところが2026年8月、復帰に向けて療養していたさなかに再び腸閉塞を発症。突然、余命わずかであるとの告知を受けたという。そして2026年9月1日、直腸がんのため44歳で亡くなった。
事務所の発表内容
2026年9月14日、所属事務所アルファエージェンシーは公式サイトで次のように発表した。
> 中村ゆりが直腸がんのため永眠いたしました。生前のご厚誼に感謝いたしますとともに謹んでお知らせ申し上げます。近親者、弊社俳優とスタッフで葬儀を済ませましたことをご報告いたします
最期の様子については、「彼女は落ち着き、美しく優しさにあふれた笑顔を絶やさず、ご家族や近しい方々と共に最後の時を大切に過ごすことができました」と伝えている。
発表文ではまた、「彼女の30代、40代は病とたたかい、持ち前の強い気力で乗りきることも多い日々でしたが、素敵な出会いと幸せ、充実もまたたくさんありました」と、闘病のなかにも幸せな時間があったことを伝えている。
事務所はファンや関係者への感謝を述べたうえで、遺族への取材や自宅周辺での撮影は控えるよう呼びかけている。
共演者・ファンの反応
出演していたドラマ『終幕のロンド―もう二度と、会えないあなたに―』の公式Xは、「中村ゆりさんの突然の訃報に言葉を失っています。飾らないお人柄で、いつも笑顔で冗談を言いながら撮影現場を明るく元気にしてくださいました」と追悼のコメントを寄せた。
1998年に歌手デビューした際のデュオ「YURIMARI」の相方だったMARIさんも、自身のInstagramで追悼のコメントを寄せた。「親友であり家族のような存在の元相方である中村ゆりが永眠いたしました」とし、「最後まで弱音1つはかず、思いやりに溢れ、誰にも優しく強く美しい本当に素晴らしいゆりは愛する家族と親友たちに看取られて逝きました」とつづった。さらに「出会ってからの35年分の思い出が毎日のようにかけめぐり、まだそこにいるんじゃないか、声が聞こえてきそうな感じがして、会いたい、話したい」と、深い悲しみをつづっている。
2026年9月15日には、ほかにも縁のあった芸能関係者からの追悼コメントが相次いで報じられた。2014年放送のNHK連続テレビ小説『花子とアン』で夫婦役を演じた鈴木亮平さんは、「突然の訃報に心がまとまりません」とXに投稿。「中村ゆりさんとは、20年前に演技学校で出会い、その後も何度も共演させていただきました」と交流を振り返り、「強く柔らかく、誇り高く美しく、まさに百合のような人でした」と人柄をしのんだ。
中村さんが主演した映画『影に抱かれ眠れ』の中野英雄監督は、「あの撮影の時もいつか芝居しようねと約束しましたが叶わなくなってしまった…」とInstagramに投稿。2017年のWOWOWドラマ『プラージュ〜訳ありばかりのシェアハウス〜』で共演したスガシカオさんは「ゆりさん、悲しすぎます。たくさんお世話になりました」、映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』の岩井俊二監督は「中村ゆりさん、信じられない」、武井壮さんも「信じられない 本当に素敵な女優さん 残念です」と、それぞれSNS上でコメントを寄せている。
SNS上では、ファンから「嘘であって」「ショックすぎて言葉がない」といった驚きと悲しみの声が相次いでいる。
まとめ
中村ゆりさんは、2007年の『パッチギ! LOVE&PEACE』を転機に、映画・ドラマの両方で幅広い役を演じてきた女優だった。13年前にがんを患いながらも病名を公表せずに仕事を続け、2025年1月の再発後も治療と両立させながら現場に立ち続けていたが、2026年8月に腸閉塞から余命わずかとの告知を受け、9月1日に44歳で亡くなった。
心よりご冥福をお祈りする。


