「検索してはいけない言葉」を集めたサイトやまとめを見ていると、必ずと言っていいほど名前が挙がるのが「苗山事件」だ。NHKの地震中継中に、電話の向こうにいたはずの人物がいつの間にか別人に入れ替わっていた、という話である。
ただ、この話について調べていくと、サイトによって語られている内容がかなり違うことに気づく。この記事では、苗山事件としてネット上で語られている内容を整理したうえで、どこまでが確認できる事実で、どこからが噂・推測なのかを分けて紹介する。
苗山事件とは
苗山事件は、NHKの地震関連の生中継中に起きたとされる出来事だ。被災地の役場に電話がつながり、対応していた職員(名前が「苗山さん」だったとされる)が状況を説明していたところ、通話の途中で音声が数秒途切れ、再び聞こえてきたときには声の調子や話し方が明らかに違う人物に変わっていた、という内容がネット上で繰り返し語られている。
「検索してはいけない言葉」というジャンルの中でも古参の部類に入り、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)的な怪談・都市伝説に近い文脈で紹介されることが多い。近年でもYouTubeの考察動画やTikTokへの投稿があり、10年以上にわたって周期的に話題に上がっている話でもある。
語られている経緯
複数のサイトに共通する大まかな流れは、以下のようなものだ。
- NHKの地震特番の中で、被災地である石川県中能登町の役場に電話がつながれた
- 対応していたのは「中能登町役場総務部の苗山さん」とされる職員で、地震の被害状況や停電の有無などを説明していた
- 説明の途中、数秒間(1秒程度〜3、4秒程度と、サイトによって長さの記述が異なる)音声が途切れる
- 音声が戻ると、それまでとは明らかに違う声質・話し方の人物が応答するようになった
- アナウンサーが「代わられましたか」という趣旨の確認をしたが、はっきりしない返答しか返ってこなかった、とされる
- 「停電している」という説明から、少し後には「もう復旧している」という説明に変わるなど、内容にも矛盾があったと紹介するサイトもある
ここで注意したいのは、途切れる直前のセリフや、交代後の人物の話し方の描写が、サイトごとに微妙に違うという点だ。一言一句が確定した「台本」のように出回っているわけではなく、語り継がれる中で少しずつ表現が変化してきた可能性がある。
このやり取りを収めたとされる映像は、YouTubeにも投稿されている。「苗山事件」とだけ題された2分30秒の動画で、投稿から13年ほど経った現在も135万回近く再生されており、この話を象徴する映像として広く参照されてきたことがうかがえる。
なぜここまで話題になったのか
音声や話し方が変わったこと自体もさることながら、この話が長く語り継がれてきた理由はいくつか考えられる。
まず、大きな地震の直後という、電話回線が混雑していてもおかしくないタイミングで通話が成立していたことへの違和感が挙げられる。加えて、被災地からの生中継という緊迫した状況で起きた出来事だったことも、不気味さを増幅させたポイントだろう。
そしてもう一つ大きいのが、NHK側から公式な説明が出ていない(少なくとも、今回の調査で公式な訂正や説明を確認することはできなかった)ことだ。真相がはっきりしないまま「なぜ声が変わったのか」という謎だけが残り、それぞれの人が思い思いの解釈を加えていった結果、都市伝説として育っていったと考えられる。
原因として語られている説
ネット上では、声が変わった理由についていくつかの説が挙げられている。いずれも真相が確認されたものではなく、あくまで推測・憶測の域を出ない点には注意してほしい。
- 苗山さんが別の急な業務対応のため、途中で別の職員に代わった
- 内線を誤って切り替えてしまい、事情を知らない別の職員が電話に出た
- 単純に放送機材や回線のトラブルで、声の聞こえ方が変わった
- 話が長引いたため、上司や同僚の判断で対応者を交代させた
このほかにも、原子力発電所に関する情報を隠すために人を代えたとする説や、多重人格・双子や兄弟による交代など、かなり踏み込んだ憶測まで色々なパターンが語られている。ただし、これらを裏付ける発表や記録は見つかっておらず、あくまで「そう言われている」レベルの話として扱うのが妥当だろう。
個人的には、被災した役場の中で対応にあたっていた職員が、本来の業務と取材対応を兼ねる中でバタついていた、という比較的地味な理由が背景にあった可能性はあるのではないかと思う。ただし、これも私の推測であり、確認された事実ではないことは明記しておく。
苗山さんの「その後」をめぐる、食い違う噂
苗山事件を扱う記事の中には、「苗山さんは今どうしているのか」というその後の情報まで紹介しているものがある。ただ、これを調べていくと、サイトによって言っていることが正反対で驚いた。
あるサイトは、「役場の総務課にも他の課にも苗山という苗字の職員はもういない」ことから、「定年退職した可能性が高い」と推測している。
一方で別のサイトは、「役場の広報誌に掲載されたお悔やみの欄に同姓同名の名前があった」として、「その方は亡くなられている」と説明している。
「退職して存命」と「死亡」では、内容がまったく違う。しかも、どちらの記事も、具体的な広報誌の号数や該当ページ、フルネームでの照合といった、第三者が検証できる形の出典までは示していなかった。この記事では、どちらの噂についても事実として断定はせず、「そういう情報がネット上に存在する」という紹介にとどめておく。
「事件」の中身自体、どこまで確認できるのか
苗山事件について今回調べる中で、正直なところ引っかかった点がある。それは、この出来事が実際にNHKで放送されたことを裏付ける公式な記録が見当たらないことだ。
NHK側の発表や、放送内容を報じた新聞・通信社の記事は見つからず、情報の出どころはいずれも個人ブログ、まとめサイト、「検索してはいけない言葉」系のウィキ、Yahoo!知恵袋、YouTubeやTikTokの動画など、いわゆる補助的な情報源に限られていた。
さらに、事件のきっかけとなった地震についても記述が割れている。多くのサイトは「2007年3月25日午前9時41分に発生した能登半島地震」としているが、Yahoo!知恵袋にある2008年投稿のベストアンサーでは「新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原発事故についての放送中の出来事」として紹介されており、地震そのものの特定すら一致していない。
ちなみに、この2008年の回答は、苗山事件について「よくあるネタの話」「匿名掲示板の中で話が増幅・脚色されていった典型例」という趣旨の評価をしている。事件が起きたとされる翌年の時点で、すでにこうした見方があったことは、この話の性質を考えるうえで参考になる情報だと思う。
つまり、苗山事件は「NHKで実際に起きた放送事故」として断定できるだけの一次情報が確認できない一方で、「ネット上で十数年にわたって語り継がれてきた都市伝説」であることは間違いない、というのが現時点での整理になる。
よくある疑問
苗山事件は実話なのか
公式な記録での裏付けは確認できていない。多くのサイトが「実際に放送された」という前提で紹介しているが、地震の特定すら情報源によって食い違っており、この記事では「実話かどうかは確認できない、ネット上で広まってきた話」として扱っている。
苗山さんという人物は実在するのか
「役場の広報誌の名簿に苗山という名字が載っていた」とする記述はあるものの、これも一次資料へのリンクは示されておらず、この記事の調査だけでは実在・非実在のどちらとも判断できない。
なぜ「検索してはいけない言葉」とされているのか
内容自体に直接的な危険性があるというより、真相が分からないまま不気味な噂だけが独り歩きしている、いわゆるネット怪談のジャンルに分類されているためだと考えられる。実際に検索して危険な情報が出てくるという類のものではない。
まとめ
苗山事件は、NHKの地震中継中に電話の相手が別人に入れ替わったとされる、「検索してはいけない言葉」の代表格として長年語り継がれてきた話だ。
ただし、今回いろいろな情報源を確認した限りでは、事件そのものを裏付ける公式な記録は見当たらず、地震の特定や苗山さんのその後についても、サイトごとに内容が食い違っていた。
こうした矛盾がありながらも語り継がれてきたこと自体が、この話が「実話系の怖い話・都市伝説」として消費されてきた証でもある。真相を断定するのではなく、「ネット上ではこう語られている」という前提を持ったうえで楽しむのがちょうどいい距離感なのかもしれない。


