青木勇貴斗とは何者か?東京五輪スケボー代表の経歴と、大麻所持容疑での書類送検を整理【2026年9月17日更新】

エンタメ・人物

2021年に開催された東京2020オリンピックで、スケートボードが初めてオリンピック競技として実施された。このとき男子ストリート日本代表としてパークを駆け抜けた選手のひとりが、青木勇貴斗さんだ。堀米雄斗選手の金メダル獲得が大きく報じられた大会だったが、同じ日本代表として出場した青木さんもまた、その後の国際大会で着実に成長を見せてきた選手のひとりである。

この記事では、青木勇貴斗さんがどのようにしてスケートボードと出会い、東京オリンピックの舞台に立つまでに成長したのか、その後の国際大会での戦い、そして2026年9月17日に明らかになった大麻所持容疑での書類送検について、確認できる情報の範囲で整理する。

青木勇貴斗のプロフィール

青木勇貴斗さんは2003年9月4日生まれ、静岡県静岡市清水区出身。2026年9月時点で23歳になる。JOC(日本オリンピック委員会)の公式プロフィールでは「TEAM JAPANネクストシンボルアスリート」に指定されており、所属はDC/ELEMENT。Wikipediaにはボードライダーズジャパン所属という記載もあり、時期によって所属先の表記に違いが見られる。学歴については、学校法人倉橋学園キラリ高等学校に在学していたとする記載もある。

きっかけは父親が見ていた1本のDVD

青木さんとスケートボードとの出会いは、意外なところにあった。父親が見ていたラッパーのライブDVDに登場したダンサーが、スケートボードに乗っていたことに興味を持ったのがきっかけだったという。5歳のとき、父親にスケートボードを買ってもらい、本格的な練習をスタートさせた。

その後の成長は早く、小学6年生で日本スケートボード協会のプロ資格を取得。2015年には正式にプロへ転向した。2019年には日本選手権で優勝し、世界選手権でも6位に入るなど、着実に実力をつけていった。2021年には世界ランキング18位を記録し、アメリカ・フロリダ州で開催される若手スケーター登竜門の大会「Tampa Am」でも優勝を果たしている。10代のうちに国内外でこれだけの実績を積み上げていたことからも、早くから将来を嘱望されていた選手だったことがうかがえる。

東京2020オリンピックで日本代表に

スケートボードが初めてオリンピック競技として採用された東京2020オリンピック。長年ストリートカルチャーの一部として発展してきたスケートボードが、若者にも人気の高い競技としてオリンピックの舞台に立つという、競技の歴史における大きな転換点でもあった。青木さんは、堀米雄斗選手、白井空良選手とともに、男子ストリート日本代表としてこの記念すべき大会に出場した。

結果は予選17位で、決勝進出となる上位8人には入れなかった。当時17歳だった青木さんにとって、世界の大舞台は決して楽な経験ではなかったようだ。のちのインタビューで本人は「緊張で大会前からカメラとか向けられても笑えない状態だった」と、当時の心境を率直に振り返っている。自国開催という大きなプレッシャーの中で、10代の若さで世界のトップスケーターたちと肩を並べて戦った経験は、その後の競技人生を語るうえで欠かせない出来事となった。

パリ五輪予選への挑戦、そして成長

東京オリンピックでの経験は、青木さんを大きく成長させた。2023年12月14日、日本で初開催となったスケートボード世界選手権(有明コロシアム、パリ五輪予選を兼ねる)の男子予選では1位を獲得し、準々決勝に進出。この大会では日本勢8人全員が予選を突破するという結果を残している。

さらに2024年3月、パリ2024オリンピック予選を兼ねた国際大会「WST:ドバイ・ストリート2024」では、オリンピック予選として2大会ぶりとなる決勝進出を果たし、8位に入った。世界ランキング15位、日本勢の中では6番手につけ、各国最大3枠をかけた最終予選「オリンピック予選シリーズ(OQS)」への出場権を獲得している。

このときのインタビューで青木さんは、「上の6人に入れるか入れないかがこのドバイにかかっていたので、練習はとことんしてきました」「上海に行ける切符を掴ませてもらったので、自分のレベルが高くなったという自分の成長を皆さんに見せられるように頑張りたいです」と、手応えを語った。東京オリンピック当時との違いについても、「そういうのを1回経験したんで、世界の舞台なら笑っていたいと思ったので、意識はしてます」と、精神面での成長を明かしている。

OQSの第1戦にあたる2024年5月16〜19日の上海大会では、男子ストリート予選を84.12点の7位で通過し、16人による準決勝に進出した。準決勝を突破して決勝に進んだのは8人で、この中には日本から根附海龍選手も含まれていたが、青木さんは惜しくも決勝進出には届かなかった。

続く6月20〜23日、パリ五輪出場権をかけた最終予選となるOQS第2戦のブダペスト大会では、男子ストリート予選で78.48点の22位となり、予選敗退という結果に終わっている。この結果もあり、パリ2024オリンピックへの出場は実現しなかったとみられる。実際、JOC公式プロフィールにも東京2020のみが掲載されており、この理解と矛盾しない。デイリースポーツによれば、2025年にも国際大会で表彰台に上がるなど、その後も選手として活躍を続けていたという。

2026年9月17日、大麻所持容疑で書類送検

こうした競技実績を積み重ねてきた青木さんだが、2026年9月17日、TBS NEWS DIGが独自報道として、警視庁東京湾岸署が麻薬取締法違反(大麻所持)の疑いで青木さんを書類送検したことを伝えた。

報道によると、書類送検容疑は2026年8月6日、東京都江東区のJR新木場駅構内で微量の乾燥大麻を所持していたというもの。パトロール中の警察官が職務質問をおこなったところ、所持品から大麻が見つかったとされる。任意の調べに対し、青木さんは「大麻を所持していたことは間違いありません」と容疑を認めていると、複数の報道機関が伝えている。

なお、「書類送検」はあくまで捜査機関が事件を検察に送る手続きの段階であり、起訴されるかどうか、そしてその後の処分は今後の検察の判断によるものだ。本記事執筆時点で、検察による起訴・不起訴の判断や、JOC・所属先などからの公式なコメント・処分は確認できていない。続報があり次第、あらためて確認したい。

スケートボードへの率直な思い

インタビューの中で青木さんが語った、スケートボードへの思いも印象的だ。

「自分は恵まれた家庭に生まれなくて、スケートボードだけで人生が変わった。スケートボードには感謝してるし、スケボー1個だけで友達とか世界中の人たちとコミュニケーションが、英語が話せなくても取れるっていうのがすごい」

こう語る青木さんのもとに、同じ静岡県出身のスケーター・根附海龍選手が加わり、「ファミリー!」と笑顔で叫ぶ場面もあったという。根附選手は前述の上海OQSで予選トップ通過を果たすなど、青木さんと並んで日本のトップスケーターの一人だ。青木さんも「スケーターはみんなファミリーなんで」と続け、「日本ではあんまり印象がよくないかもしれないんですけど、ちっちゃい子たちも楽しんでるし、暖かい目で見守ってもらいたいなと思います」と、スケートボード文化への理解を求めるコメントも残している。

まとめ

青木勇貴斗さんは、父親が見ていたDVDをきっかけに5歳でスケートボードを始め、小学生でプロ資格を取得するという早熟の才能を発揮してきた選手だ。東京2020オリンピックでは17位という結果に終わったものの、その経験をバネに、パリ五輪予選のドバイ大会では決勝進出・8位という成長した姿を見せた。

恵まれない家庭環境の中でスケートボードが人生を変えたという率直な言葉や、スケーター同士の”ファミリー”のような結びつきを大切にする姿勢からは、競技の枠を超えた青木さんの人柄がうかがえる。

パリ2024オリンピックへの出場は実現しなかったとみられるが、東京大会でのほろ苦い経験を糧に、ドバイ・上海と着実にレベルアップを重ね、2025年も国際大会で表彰台に上がるなど、選手として活躍を続けてきた。

しかし2026年9月17日、大麻所持の疑いで書類送検されたことが報じられ、これまでの競技人生とは異なる形で名前が広く伝えられることになった。書類送検はまだ捜査の一段階であり、今後の検察の判断や関係団体の対応が注目される。東京オリンピックの舞台に立った選手の今後について、確認できた事実にもとづき、引き続き情報を追っていきたい。

タイトルとURLをコピーしました