2026年9月、台風25号(国際名ドゥジュアン)による記録的な大雨で、千葉県内の堤防が相次いで決壊した。なかでも北印旛沼の堤防決壊は、1968年に今の管理体制が始まって以来初めての出来事だ。
この被害が広がるなかで、SNS上では「2010年の事業仕分けでスーパー堤防(高規格堤防)を廃止したから、こんな被害が出た」という声が広がった。私も最初にこの話を見たとき、「そういえばスーパー堤防って昔ニュースで見たな」と思った一人だ。
ただ、実際に国土交通省の資料を確認していくと、この話はそう単純ではないことが見えてきた。今回は、台風25号で何が起きたのかを整理したうえで、スーパー堤防の仕組みと今回の被害の関係を、確認できる事実をもとに検証していく。
千葉で何が起きたのか
台風25号は、房総半島の南海上を北東に進みながら関東甲信地方に接近した。台風が来る前の9月19日から大雨が続いていたところに台風本体の雨が重なり、19〜22日の48時間で大多喜489ミリ、牛久(市原市)487ミリ、坂畑(君津市)477ミリ、茂原465ミリと、いずれも観測史上最大級の雨量を記録している。東京都大島町では24時間で686.5ミリという、9月としては観測史上1位の雨量になった。
この記録的な雨によって、千葉県管理の小糸川(君津市)、高崎川(佐倉市)、養老川(市原市)が氾濫し、高崎川の氾濫では佐倉市内で住宅被害が約600棟に拡大した。あわせて、佐倉市・印西市にまたがる北印旛沼でも東側の堤防と、そこに流れ込む角田川(農業用排水路)の堤防が、それぞれ約100メートルにわたって決壊した。
人的被害についても報道時点によって数字が動いているが、2026年9月24日時点のNHKの報道では、千葉県と神奈川県で死者10人、行方不明者4人と伝えられている。住宅被害や停電、JR内房線の一部区間の被害なども出ており、千葉県にとっては2026年に入って3度目の大雨被害になった。
北印旛沼の堤防はなぜ決壊したのか
北印旛沼の水位は、9月22日午前4時30分ごろに基準面上5.04メートルに達した。これは1968年度に今の一元管理が始まって以来、最も高い水位だという。
報道では、降った雨の量が沼の容量を上回ったこと、8月から降り続いた雨で堤防周辺の地盤がすでに水を含んで弱くなっていたこと、短時間に集中した記録的な雨で沼への流入量が排水能力を大きく上回ったことが、決壊の要因として挙げられている。
印旛沼はもともと水害に悩まされてきた土地で、江戸時代には老中・田沼意次の時代を含めて何度も治水事業(干拓計画)が試みられたものの、いずれも失敗している。戦後になってようやく「印旛沼開発事業」が完了し、水位管理が今の体制になったのが1968年度だ。つまり今回の決壊は、半世紀以上続いてきた管理のなかで初めての事態ということになる。
スーパー堤防(高規格堤防)とは何か
スーパー堤防は、正式には「高規格堤防」という。普通の堤防よりも幅をぐっと広げ、堤防の高さの30倍程度まで裾野を伸ばして、裏側の斜面を3%以内という緩やかな勾配にするのが特徴だ。こうしておくと、万が一水が堤防を越えても、一気に土が削れて堤防が崩れる「決壊」が起きにくく、水がゆっくり流れ落ちるだけで済む。広がった堤防の上はふつうの宅地として使えるので、まちづくりと防災を両立させる事業として1987年に始まった。
対象になったのは、利根川・江戸川・荒川・多摩川・淀川・大和川の6河川、区間にして約873キロ。ただ、この規模の堤防を全区間に造るには膨大な費用と時間がかかる。当時のペースで進めた場合、完成までに約400年、総事業費は約12兆円に達するという試算まで出て、費用対効果の低さが長年批判されてきた。
2010年10月、民主党政権の「事業仕分け第3弾」でスーパー堤防事業は「廃止」と判定された。ところが翌2011年3月に東日本大震災が起き、同年8月の検討会で「人命を守ることを最優先する」という方針が示されたことで、事業は完全な廃止にはならず、対象区間をゼロメートル地帯などに絞り込んだうえで継続することになった。絞り込み後の区間は約873キロから約120キロへと大幅に縮小されている。
2012年1月、国土交通省は「区間873キロのうち50.6キロ、5.8%が整備完了」と発表したが、会計検査院は「完全な形で整備が終わった区間は1.1%にとどまる」と指摘しており、両者の評価には開きがある。2026年時点の最新の整備率については、今回の調査で一次資料を確認できなかった。
今回被害が出た河川は、そもそもスーパー堤防の対象だったのか
ここが今回いちばん確認したかったポイントだ。
スーパー堤防の対象は、あくまで利根川・江戸川・荒川・多摩川・淀川・大和川の6河川に限られている。今回氾濫した小糸川、高崎川、養老川、そして堤防が決壊した北印旛沼は、このどれにも含まれていない。同じ千葉県内を流れる江戸川はスーパー堤防の対象だが、今回被害が出た河川・沼はいずれも県が管理する中小河川・湖沼だ。
さらに、国土交通省が9月21日20時時点で出した速報にも「国管理河川:現時点で河川の氾濫による被害情報なし」「県管理河川:千葉県管理の小糸川においてレベル5氾濫発生情報を発表」とはっきり書かれている。つまり公式記録の上でも、被害の中心は国が管理する大河川ではなく、県が管理する中小河川・湖沼だったことになる。
千葉市では24時間降水量367.0ミリ、1時間あたり115.0ミリという猛烈な雨が観測されており、その場に降った雨が排水しきれずにあふれる「内水氾濫」的な要因も指摘されている。大河川の堤防を水が越えてくる「外水氾濫」とは、そもそも起きているメカニズムが違う。
「事業仕分けが原因」という話はどこまで正しいのか
ここまでの事実を踏まえると、「2010年にスーパー堤防を廃止したせいで千葉が水浸しになった」という主張には、いくつか無理がある。
まず、2010年の「廃止」判定は最終決定ではなく、2011年の見直しで対象を絞ったうえで事業自体は今も続いている。「廃止されたまま今に至る」という前提がそもそも正確ではない。
次に、仮にスーパー堤防の整備がもっと進んでいたとしても、それが直接効くのは対象6河川に限った話だ。今回氾濫した小糸川・高崎川・養老川や、決壊した北印旛沼の堤防は、制度上もともと整備対象に入っていない。ここに「スーパー堤防があれば」という前提を当てはめること自体が成り立たない。
もう一つ大事なのは、スーパー堤防そのものが「浸水を防ぐ」構造ではないという点だ。あくまで「水が堤防を越えても、一気に崩れて濁流が押し寄せる事態を防ぐ」ための仕組みであって、堤防を越えた水が周辺にあふれること自体は防げない。仮に対象河川だったとしても、越水や内水氾濫による浸水被害をゼロにできるわけではない。
もちろん、これは「スーパー堤防が不要だ」という話ではない。ゼロメートル地帯のように、決壊したときの被害が桁違いに大きくなる場所では、決壊そのものを防ぐ効果に意味がある。ただ、今回の千葉の被害を防げたかどうかという文脈で語るなら、対象河川と被害河川がそもそも一致していない、というのが確認できる事実だ。
実は11年前にも同じ議論があった
この「事業仕分けのせいで水害が起きた」という話、実は今回が初めてではない。
2015年9月、関東・東北豪雨で茨城県の鬼怒川が決壊したときにも、同じ主張がネット上で広まった。当時、2010年の事業仕分けで行政刷新担当相としてこの判定に関わった蓮舫参議院議員は、9月12日にSNSで「看過しがたいデマ」だと反論し、堤防が決壊した鬼怒川はそもそも仕分け以前からスーパー堤防の整備計画に入っていなかったと説明している。蓮舫氏の事務所は、悪質なデマに対して法的措置も検討する構えを示した。
実際、スーパー堤防の対象はもともと首都圏・近畿圏の大河川下流域6河川に限られており、鬼怒川はそこに含まれていない。今回の千葉のケース(小糸川・高崎川・養老川・北印旛沼が対象外)と、構造としてはまったく同じだ。
なお、2010年の事業仕分けにおける「廃止」判定は、蓮舫氏1人の独断で決まったものではなく、複数の評価者による合議の結果だったとされる。当時の議事録を分析したブログ記事などによれば、10人の評価者のうち9人が「廃止」、1人が「見直し」と判定したという。蓮舫氏自身も、深刻な水害が起きている地域がある一方で既に堤防が整備済みの都市部をさらにスーパー堤防化することの優先順位や、完成までに12兆円・約400年を要する計画の実現性について、疑問を投げかけていたと報じられている(この部分は議事録を分析した記事の紹介であり、一次資料そのものは今回確認できていない)。
「大きな水害が起きるたびに、事業仕分けと蓮舫氏が槍玉に挙がる」という構図が、2015年の鬼怒川、そして2026年の千葉と、少なくとも2度は繰り返されていることになる。いずれのケースも、氾濫した川がそもそもスーパー堤防の対象外だったという事実関係は共通している。
今後の治水を考えるうえでのポイント
ここからは確認できた事実をもとにした分析になる。今回のような被害が繰り返されないためには、大河川の堤防強化だけでなく、県や市が管理する中小河川の堤防、都市部の下水道の排水能力、農業用排水路の維持管理など、規模の小さいインフラへの投資も同じくらい重要になってくる。印旛沼の堤防が決壊したのも国管理の大河川ではなく、県管理の湖沼と農業用排水路だったことを考えると、ニュースで取り上げられやすい大河川の対策だけでなく、地味に見える中小河川・排水施設の点検や補強にどれだけ予算を割けるかが、次の被害を左右しそうだ。
千葉県では2026年に入ってこれで3度目の大雨被害になったという証言も報道で伝えられている。1回の災害対応で終わらせず、繰り返し同じ地域で被害が出ている理由を継続して検証していく必要がありそうだ。
まとめ
台風25号による千葉県の豪雨では、北印旛沼をはじめ県管理の中小河川・湖沼で堤防決壊や氾濫が相次いだ。一方でスーパー堤防(高規格堤防)の整備対象は利根川・江戸川・荒川・多摩川・淀川・大和川の6河川に限られており、今回被害が出た河川・沼はそのどれにも含まれていない。国土交通省の速報でも、国管理河川での氾濫被害はゼロだったことが明記されている。
「スーパー堤防を廃止したから千葉が水浸しになった」という話は、対象河川と被害河川が一致していない時点で、少なくとも今回のケースには当てはまらない。スーパー堤防はあくまで「越水しても決壊しにくくする」ための仕組みであり、今回のような中小河川・湖沼の被害を防ぐ手段としては、そもそも設計思想が違うインフラだったということになる。同じ構図の主張は2015年の鬼怒川決壊のときにも広まり、蓮舫氏本人が「デマ」だと反論している。大きな水害のたびに繰り返される言説だという点も、あわせて覚えておきたい。

