2026年9月19日に開幕した愛知・名古屋アジア大会では、宿泊施設のトラブルや国歌の誤演奏など、運営面の問題が相次いで報じられている。その背景を調べていくと、必ず出てくるのが「GL events(GLイベンツ)」というフランス企業の名前だ。
「なぜ聞き慣れないフランス企業が日本の大会を仕切っているのか」「電通はどこへ行ったのか」と疑問に思った人も多いはずだ。結論から言うと、GL eventsの起用には、2021年東京五輪・パラリンピックの談合事件で電通が受注機会を失ったことが深く関係している。ここでは確認できている事実をもとに、GL eventsとは何者か、なぜ起用されたのか、起用後に何が起きているのかを整理する。
GL eventsとはどんな会社か
GL eventsは、フランス・リヨンに本社を置くイベント関連サービスの大手企業だ。1978年設立で、ユーロネクスト・パリに上場している。愛知県議会に提出された資料によると、資本金は93.6百万ユーロ、従業員数は約3,900人、世界24カ国39施設の展示場・コンベンションセンターを運営している。
会場の設計・仮設インフラの設営から、展示会そのものの主催、常設施設の運営まで、イベント産業に関わる業務を一貫して手がけているのが特徴だ。実績も豊富で、シドニー(2000年)、ロンドン(2012年)、東京2020、パリ2024といった歴代オリンピック・パラリンピック、南アフリカ・ブラジル・カタールのFIFAワールドカップ、2018年アジア競技大会、2019年ラグビーW杯(日本)、ドバイ万博などに関与してきた。
日本法人のGL events Japanは2016年設立で、愛知県常滑市の展示施設「愛知県国際展示場(Aichi Sky Expo)」の運営会社にも出資している。つまり、今回のアジア大会で突然日本に現れた企業ではなく、愛知県とは以前から接点があった会社だ。
なぜGL eventsが起用されたのか
組織委員会とGL events Japanは2025年4月、競技会場の設営・運営業務について契約を結んだ。契約額は約630億円とされ、対象は50を超える会場にのぼる。会場設計や仮設インフラ、照明・音響、入場管理、観客サービス、表彰式の運営まで、大会運営の中核にあたる業務を任されている。
この契約は入札ではなく随意契約で決まっている。親会社のGL events SAが大会最高位のスポンサー「プレステージパートナー」を務めていることから、組織委の契約規則上、随意契約の候補者になったとされる。
問題は、なぜ日本の大手代理店ではなく、この段階でGL eventsが中心的な役割を担うことになったのかという点だ。東スポWEBの取材によると、その背景には2021年東京五輪・パラリンピック時に起きた「代理店絡みの汚職」の影響があるという。国内大手代理店が今大会の受注機会を得られなかった結果、愛知県・名古屋市主導の組織委員会が、大手代理店に頼らない体制づくりを進めることになった。
東京五輪談合事件と電通の有罪確定
ここで言う「代理店絡みの汚職」とは、東京五輪・パラリンピックのテスト大会運営業務などをめぐる入札談合事件を指す。2023年2月、東京地検特捜部は独占禁止法違反(不当な取引制限)の罪で、大会組織委員会の元次長や電通グループなど法人6社・個人7人を起訴した。
判決によると、2018年2〜7月ごろ、元次長らと各社が共謀し、入札が実施されたテスト大会の計画立案業務と、その後随意契約となった本大会運営業務について、各社の受注希望を踏まえながら受注予定企業をあらかじめ決めていたとされる。
この事件を受け、愛知県は2023年2月14日、電通について県発注事業への入札参加資格を同日から2024年4月13日までの14カ月間停止する処分を決めた。停止期間自体はGL eventsとの契約(2025年4月)より前に終わっているため、「指名停止中だったから受注できなかった」という単純な話ではない。ただし、事件の発覚・起訴・報道が2023年前後に集中しており、この時期に組織委が大手代理店に頼らない運営体制へと舵を切ったとみられる。
電通側の裁判はその後も続いた。2026年1月に東京地裁が電通元幹部に懲役2年・執行猶予4年、法人としての電通グループに罰金3億円の有罪判決を言い渡し、同年7月に東京高裁も一審判決を支持。そして2025年12月9日、最高裁が電通側の上告を棄却し、有罪が確定した。起訴された法人6社のうち、有罪が確定したのは電通が初めてだ。
つまりアジア大会の開幕直前というタイミングは、まさに電通の有罪が最高裁で確定した直後でもある。「電通に頼らない大会運営」という組織委の方針は、決して過去の一時的な出来事への対応ではなく、現在進行形で司法判断が固まりつつある事件を背景にしていたことになる。
「脱・代理店」は狙い通りに機能しなかった
東スポWEBの取材では、大会関係者から「僕たちが気になる点があっても、あの企業さんは『ここは私たちの領域なので』と意見を聞いてくれない」という困惑の声が紹介されている。GL eventsが担当領域について国内関係者の意見をあまり取り入れず、現場での摩擦につながっているという指摘だ。
Infoseekに配信されたGlobal News Asiaの分析記事は、今回の混乱についてより踏み込んだ見方を示している。自治体主導の組織委員会には巨大イベントを裁いた経験がなく、海外企業には日本特有の現場感覚が分からない。この二つが組み合わさったことで「責任とノウハウの空洞化」が起きた、という論調だ。これはあくまで一つのメディアの分析であり、断定できる事実ではないが、業界内の受け止め方として押さえておく価値はある。
一方で、GL events Japan側にも言い分がある。大会開幕前の2026年8月、GL events Japan代表のThomas Quemin氏は業界誌の取材に対し「もっとも重視したのは、高い安全性の実現」と説明し、日本の建設業法など厳格な規制に合わせて他国と異なる設営方法を採用したことを明かしている。56会場の業務を10の領域に分け、国内の大手レンタル会社や人材会社とも協業しながら進めてきたという。単に「海外企業が日本のやり方を無視している」という一方的な構図ではなく、制度の違いに苦労しながら対応してきた側面もあったようだ。
大阪・関西万博でも表面化していた「未払い問題」
実はGL events Japanをめぐっては、アジア大会以前から懸念材料があった。大阪・関西万博で、同社は海外パビリオン6館の元請けを担当していたが、複数の下請け建設会社から工事代金の未払いを訴えられ、東京地裁で係争中だ。
東京新聞の取材によると、マルタ館を施工した建設会社(京都市)は2025年6月、約1億1800万円の未払いを求めて提訴。セルビア・ドイツ両館を施工した建設会社(大阪市)は同年8月、約3億3000万円を求めて提訴した。現場では工期が極端に短く、まともな設計図面がないまま「作ってから確認し、ダメならやり直す」という進め方が続いたとの証言もある。GL events側は答弁書で、原告側が担当工事をほとんど完成させなかったため第三者に発注せざるを得なかったと反論しており、支払い義務の有無について双方の主張は食い違ったままだ。
愛知県の大村秀章知事は2025年7月の記者会見でこの問題について報告を受けていると説明し、8月の会見では、アジア大会でGL eventsから多数の下請け企業へ業務が発注されることを踏まえ、「安心して業務委託を受けることができるよう、有効かつ確実な対策を講じるよう要請している」との趣旨を述べている。つまり愛知県側も、万博でのトラブルを完全に他人事として扱っていたわけではなかった。
まとめ
GL eventsは、世界のオリンピックやワールドカップで実績を持つ、決して無名ではない大手イベント企業だ。愛知・名古屋アジア大会でこの会社が運営の中核を担うことになったのは、2021年東京五輪・パラリンピックの談合事件で電通ら国内大手代理店が受注機会を失い、2025年12月には電通の有罪も最高裁で確定するという、実際に進行していた司法判断が背景にある。
ただし、GL events Japanは大阪・関西万博でも下請け企業との支払いを巡るトラブルを起こしており、愛知県もその懸念を把握したうえでアジア大会の契約に進んでいた。現場で起きている混乱を「フランス企業だから」「電通がいないから」と単純化するのではなく、630億円規模の業務を任せた組織委員会側が、発注者としてどこまで管理・監督できていたのかという点も、今後の検証で問われることになりそうだ。
今回の背景にある電通の巨大利権構造や東京五輪をめぐる問題をもっと詳しく知りたい人には、当時から電通の広告代理店ビジネスを追い続けてきたジャーナリストによる一冊が参考になる。
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