グラビアアイドルとして活動し、のちに「白鳥あわ」に改名して俳人としても活動していた田口あわさんが、2026年9月9日に28歳で亡くなっていたことが、9月15日に判明した。
この記事では、田口あわさんがどのような活動をしてきた人物なのか、グラビアアイドルとしての歩みと俳人としての一面も含めて経歴を整理したうえで、訃報が明らかになった経緯についてまとめる。実在の人物の訃報を扱うテーマのため、確認できる事実と、単一の情報源にとどまる情報を分けて記載する。
田口あわのプロフィール
田口あわさんは1998年5月12日生まれ、三重県津市出身。2026年9月時点で28歳だった。身長151cm、スリーサイズは100-59-85cm(Jカップ)だった。
子どものころ、『志村けんのバカ殿様』の腰元役にグラビアアイドルが起用されていたことに憧れ、この業界を志すようになったとされる。2022年9月、グラビアアイドルとしてデビューした。
デビューして間もない2022年2月には、当時の夫が投稿した写真が「サイゼで喜ぶ妻」というタイトルでSNS上で大きな話題となった。質素な店でも笑顔で喜ぶ姿から「理想の妻」として広く知られるようになり、これが田口さんの名前が最初に注目を集めたきっかけのひとつだった。しかし2024年3月、離婚届を提出。同時期に所属事務所リップも退所し、「白鳥あわ」として新たな一歩を踏み出すことになる。
グラビアアイドルとしての活動
デビュー後は、イメージDVD『あわあわしちゃう?』(2023年3月22日発売)、『あわわわわ』(2023年9月20日発売)を発表。VR作品『はじめてのVR、はじめてのわたし。』(2023年7月14日)、『Stop! Look! Listen!』(2023年7月28日)も発表するなど、精力的に活動していた。
改名後は、お笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」の中川パラダイスさんが社長を務める事務所「なかよしパラダイス」に一時在籍していた時期もあった。
俳人「膣ギロチン」としての顔
田口さんのもうひとつの顔が、歌舞伎町を拠点とした俳人活動だ。俳号「膣ギロチン」を名乗り、毎週句会に通い詰めるほど俳句への情熱は本物だったという。「角川俳句賞受賞と、俳句×グラビア写真集の出版」という独自の目標を掲げていたとされ、グラビアと俳句という一見異色の組み合わせを両立させようとしていたことがうかがえる。
生活の面では、東京・新宿歌舞伎町のバー「東京砂漠」でバーテンダーとしても勤務していた。人柄について語られる際には「誰よりも真面目で多才な表現者」という評が多く、漫画『ちいかわ』やびわを好み、お酒や麻雀、ボートレースといった勝負事、若手芸人のお笑いライブ鑑賞など、多趣味で親しみやすい一面も知られていた。
訃報が明らかになった経緯
田口さんは2026年9月9日、28歳で亡くなった。この事実が公になったのは9月15日のことで、勤務先だったバー「東京砂漠」の公式X(旧Twitter)が訃報を投稿したことがきっかけだった。翌16日には東スポWEBをはじめ複数のメディアが報道した。
かつて一時在籍していた元所属事務所「なかよしパラダイス」社長の中川パラダイスさんは、自身のXで「白鳥あわさんの訃報を知りました。突然のことで、言葉が見つかりません」「なかよしパラダイスという事務所でご一緒できた期間があった事をありがたく思います。心よりご冥福をお祈りいたします」と追悼のコメントを寄せた。葬儀は親族のみによる家族葬で執り行われたとされる。
死因について
死因については、親交のあったグラビアアイドル・愛桜みささんが9月16日、自身のXで「まさかの交通事故で」と投稿し、交通事故であったことを明かしたと報じられている。
ただし、警察や関係者による公式な発表は本記事執筆時点で確認できておらず、死因に関する情報は親交のあった人物のSNS投稿にとどまる。この点は断定を避け、あくまで「そう伝えられている」情報として扱う必要がある。
まとめ
田口あわ(白鳥あわ)さんは、2022年にグラビアアイドルとしてデビューし、「サイゼで喜ぶ妻」としての話題化からDVDやVR作品の発表、そして歌舞伎町を拠点にした俳人活動まで、独自の道を歩んできた人物だった。「膣ギロチン」という俳号のもと、俳句とグラビアを組み合わせた写真集出版という目標を掲げていたことからも、表現者としての強い意欲がうかがえる。
2026年9月9日、28歳で亡くなったことが9月15日に判明し、元所属事務所の中川パラダイスさんをはじめ、多くの関係者が追悼のコメントを寄せた。死因とされる交通事故については、公式な発表がないため、断定を避け、引き続き確認できる情報の範囲で扱っていきたい。


