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『暗黒放送』とは、なんだったのか

Kick
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『暗黒放送』は、2000年代後半から2010年代にかけてニコニコ生放送(ニコ生)で絶大な人気を誇ったインターネット配信番組だ。
配信者の横山緑(本名:久保田学)が主宰し、マシンガントークと過激なリアル追求、そして「暗黒ルール」と呼ばれる独自の規範で視聴者を惹きつけた。
ピーク時には参加者4万8000人を超えるコミュニティを築き、「ニコ生の帝王」と呼ばれたが、2010年に一度終了を宣言。
その後も断続的に活動を続け、2025年2月にニコ生から永久BANを受け、kick.comで新たな放送を開始した。
2025年3月現在、kick.comでの活動が注目されつつある。

そんな中、2025年3月9日、Xユーザーが「横山緑が討ち取られ暗黒放送が解体されたことで、行き場を失った敗残兵たちが集った」と投稿し、ニコ生の終焉を象徴する存在として再び話題に。
『暗黒放送』とは何だったのか。
その誕生から全盛期、衰退、永久BAN、そしてkick.comへの移行を振り返る。

『暗黒放送』の誕生と背景

『暗黒放送』の起源は、2008年に遡る。横山緑は、ニコ生がサービスを開始した2006年から2年後の2008年12月25日に初配信を行い、「暗黒放送」の名で活動を始めた。
当時、ニコ生は黎明期で、YouTubeとは異なるリアルタイムの双方向性が特徴だった。
横山は元々ラジオ好きで、高校時代からアニラジに投稿するほどのマニアだった。
その経験が、流れるトークとリスナーとの掛け合いに活かされた。

初期は雑談やゲーム実況が中心だったが、次第に過激な企画や「リアル」を追求するスタイルが確立。
「さくらいのおっさん」という荒らし配信者を討伐する放送で注目を集め、コミュニティが急成長した。

番組名は「暗黒放送(無印)」から「暗黒放送R」「P」「Q」「K」、そして「暗黒黙示録」と変遷しつつ、「暗黒放送」として定着。
Xでは「ニコ生の伝説」と後に語られることが多い。
この時期、横山が設けた「暗黒ルール」がコミュニティの基盤となり、独自の文化を築いた。
2000年代後半のネット文化の自由さと混沌が、この番組の土壌となった。

全盛期:ニコ生の頂点に君臨

『暗黒放送』の全盛期は、2009年から2010年だ。
ピーク時にはリアルタイムで5000人、タイムシフトを含め1万人以上が視聴し、コミュニティ参加者は4万8000人を超えた。

横山緑のマシンガントークとリスナーを巻き込む企画が人気の鍵だった。
街頭でのゲリラ配信や「ミドリンピック」などのイベントで視聴者を熱狂させ、2010年8月の「48時間ウォーキング」では原宿から熱海まで歩く姿を生中継。
過激さとユーモアが混在するスタイルが支持された。

横山は「リアル」を重視し、編集なしの生々しい放送を貫いた。
他配信者を批判する「討伐」や、リスナーとの電話企画「暗黒放送P」で過激な発言も辞さなかった。
Xでは「緑のトークが中毒性ある」との声が溢れ、ニコ生最大のコミュニティに成長。
しかし、BAN(放送停止)も頻発し、「AV」をタイトルに入れただけでBANされたことも。
それでも視聴者は増え続け、「暗黒脳」と呼ばれる熱狂的なファンが「暗黒ルール」を守りながら結束を強めた。

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全盛期の特徴と魅力

『暗黒放送』の全盛期には、独自の特徴があった。

マシンガントークと過激さ

横山緑の早口で繰り出されるトークは、ラジオ育ちの経験が活きたものだった。
「言いたいことは全部言う」と公言し、他配信者への挑発や社会への不満をぶちまけた。
Xでは「緑の毒舌がクセになる」との声が多かった。
過激な発言は賛否を呼んだが、それが視聴者を引きつけた。

リスナーとの双方向性

ニコ生のコメント機能や電話企画で、リスナーとリアルタイムで繋がった。
「告知」と呼ばれる放送前の掲示板投稿は、23時頃に更新され、遅れると荒れるほどの熱狂ぶり。
Xで「リスナー参加型のパイオニア」と称され、視聴者との密接な関係性が番組の生命線だった。

リアル追求の企画

「48時間ウォーキング」や「信濃町豚散歩」など、現実世界での過酷な企画が特徴だった。
編集なしの生放送で、疲労や感情がそのまま映し出され、Xでは「リアルすぎて目が離せない」と話題に。
こうした企画が、ネット配信の新たな可能性を示した。

暗黒ルールの確立と影響

『暗黒放送』の独自文化として、「暗黒ルール」が大きな特徴だった。
これは横山緑がコミュニティ内で定めた規範で、以下の5つが主軸だ

  • 放送での馴れ合い禁止: リスナー同士や横山との過度な親密さを禁じ、放送の緊張感を保った。
  • 放送者が笑ってはならない: 横山が感情を抑え、真剣さを貫く姿勢を強調。笑顔は「リアル」から逸脱するとされた。
  • 出会い禁止: 放送をきっかけにしたオフ会や私的接触を禁じ、オンラインに限定した関係を維持。
  • 古事記禁止: 無料視聴者(古事記)が横山に金銭的支援を求める行為を禁じ、自立を促した。
  • 初心の気持ちを忘れてはならない: 初期の情熱や目的を見失わず、成長後も原点を意識するルール。

これらは「暗黒ルール」としてリスナーに浸透し、Xでは「厳しすぎて笑える」との声が上がった。
ルールは結束力を高め、「暗黒脳」の忠誠心を育んだが、他配信者への押し付けや違反者への過激な排除が軋轢を生んだ。

衰退と一時終了

2010年10月、『暗黒放送』は突然終了した。
横山緑がコミュニティを解散し、「もう飽きた」と宣言したことがきっかけだ。

明確な理由は明かされなかったが、過激な放送による疲弊、BANの積み重ね、そして「暗黒ルール」の厳格さがリスナーや他配信者との対立を招いた影響が大きいと推測される。
Xでは「緑が消えた瞬間、ニコ生が終わりを迎えた」との声が上がった。4万8000人のリスナーは行き場を失い、他配信に散った。

「暗黒ルール」は衰退の一因でもあった。
馴れ合い禁止や笑顔禁止が横山の人間性を隠し、リスナーとの距離を広げた。
出会い禁止はコミュニティの拡大を阻み、古事記禁止は無料視聴者の離脱を招いた。
初心を忘れない姿勢は美徳だったが、過激な企画の繰り返しでマンネリ感も生じた。
2011年1月、横山は復活を宣言し、「埋もれた配信者を発掘する」と意気込んだが、「暗黒ルール」の硬直性が足かせとなり、全盛期の勢いは戻らなかった。

ニコ生永久BANとkick.comへの移行

横山緑は2010年以降もニコ生で断続的に活動を続けたが、2025年2月、ついに永久BANを受けた。
理由は「誹謗中傷(本人通報)」とされ、2025年2月28日、横山がXで「女配信者に通報されて永BANされました」と報告。
運営への不信感を表明し、「ニコ生今までありがとうございました」と別れを告げた。
これにより、長寿企画「旅部」も終了。
Xでは「永久BANは当然」との声がある一方、「運営が過剰」と擁護する意見も飛び交った。

永久BAN後、横山は即座に新たなプラットフォームを模索。
2025年3月2日、kick.comで放送を開始し、「ニコ生を捨てた」と宣言。
3月10日には「男ニコ生主どもよ、配信者を排除するゴミサイトを捨てこちらに来い」と呼びかけ、2時間配信で約4万円の収益を公開。

3月11日、Xで「緑の影響でニコ生主もKICKで配信している」との投稿が拡散し、kick.comへの移籍ブームが話題に。
3月12日には「俺を追放したニコ生よ!配信者達が次々とkickに移籍」と意気込みを語った。
kick.comは収益性が高く規制が緩いとされ、横山の過激なスタイルに適した場として注目されている。

現在の状況と今後の展望

2025年3月15日現在、『暗黒放送』の全盛期は遠い過去だが、横山緑はkick.comで新たな挑戦を続けている。
ニコ生の録画は「ニコスタ暗黒放送」などで視聴可能で、Xでは「懐かしい」との声が散見される。
一方、kick.comでの活動は軌道に乗りつつあり、3月11日のX投稿では「761ドル(約11~12万円)の収益」と報告。
時給2万円近い収入が話題となり、ニコ生主の移籍を促す動きも見られる。「暗黒ルール」はkick.comでは緩和されつつあるが、横山のスタイルは変わらず過激だ。

今後、ニコ生での復活は不可能だが、kick.comでの成功は未知数だ。
規制の緩さが強みの一方で、過激さが新たな問題を招く可能性もある。
Xでは「緑の時代は終わった」との声が根強いが、「kickで再起する」と期待する意見も。

2025年3月9日のX投稿が示すように、ニコ生の終焉と共に『暗黒放送』の記憶は薄れつつあるが、横山の新たな挑戦がどうなるかは注目に値する。

『暗黒放送』の遺したもの

『暗黒放送』が残した影響は大きい。

まず、ニコ生黎明期の頂点として、リアルタイム配信の可能性を示した。
横山緑のトーク力と企画力は、後進の配信者に影響を与え、Xで「ニコ生のパイオニア」と称される。コミュニティ参加者4万8000人は、当時のネット文化の熱狂を象徴する数字だ。

「暗黒ルール」は、過激なファン文化の先駆けとなった。
馴れ合い禁止や笑顔禁止は、放送の緊張感と独自性を保ち、「暗黒脳」の忠誠心を育んだ。

しかし、出会い禁止や古事記禁止が他者との軋轢を生み、「初心を忘れない」が理想と現実のギャップを露呈した。
Xでは「暗黒ルールがコミュニティを壊した」との声もある。

一方で、リスナーとの密接な関係性は、現代のストリーマーに継承され、双方向性の原型を築いた。

また、過激さが衰退と永久BANを招いた教訓も残した。
BANの多発や「暗黒ルール」の硬直性が、リスナー離れや横山自身の疲弊を招き、ニコ生での持続性を欠いた。kick.comへの移行は、新たな可能性を示すが、同じ過ちを繰り返さないかが鍵だ。
ニコ生の歴史における『暗黒放送』は、一時代を築いた伝説として語り継がれる。

まとめ:『暗黒放送』の時代とその変遷

『暗黒放送』は、2008年から2010年にかけてニコ生を席巻し、永久BANを経て2025年にkick.comで再始動したインターネット配信だ。

横山緑の過激なトーク、「暗黒ルール」、そしてリアル追求で頂点を極めたが、ニコ生の終焉と共に新たな場を求めた。
その輝きは、ネット文化の混沌と自由を映し出しつつ、新天地での挑戦が続く。

『暗黒放送』とは、ニコ生の帝王であり、過激な夢であり、そして進化する伝説だった。
振り返ると、インターネット配信の黎明期の熱狂と限界がそこにある。興味があれば、kick.comで横山の最新放送を観て、その変遷を感じてみるのもいいだろう。