まず、結論:フランス政府、Kick.comを「過失」で提訴へ

フランス政府は、2025年8月18日にライブストリーミングプラットフォームKick.com上で発生したストリーマー、Jean Pormanove(本名:Raphaël Graven)の死亡事件を受けて、同プラットフォームを「過失」として提訴する方針を発表した。
この事件は、Kickの緩いコンテンツモデレーションがもたらす危険性を象徴するものであり、政府は2004年のデジタル経済信頼法(LCEN)を根拠に、プラットフォームが危険なコンテンツの配信を阻止できなかった点を追及する。
デジタル担当大臣のClara Chappaz氏は、「Kickはデジタル・ワイルドウェスト(無法地帯)に対する私の戦いだ。この悲劇を機に、迅速で強力な行動を強化する」と述べ、ARCOM(オーディオビジュアル規制機関)やCNIL(データ保護機関)を含む関係機関を動員した。結果として、Kickはフランス語コンテンツの全面レビューを約束し、欧州デジタルサービス法(DSA)の遵守を迫られる可能性が高い。この提訴は、ライブ配信プラットフォームの責任を問う重要な判例となり得る。
事件の概要:Jean Pormanoveの悲劇的な死
事件の中心人物であるJean Pormanoveは、46歳の元軍人で、Kick.com上で人気を博していたストリーマーだった。
彼のチャンネル「jeanpormanove」は、約19万人のフォロワーを抱え、TikTokでは50万人を超える視聴者を集めていた。コンテンツの特徴は、Pormanoveが他のストリーマーから受け入れる「チャレンジ」として、物理的な暴力や屈辱的な行為をライブ配信するものだった。
具体的に、Owen Cenazandotti(通称Narutovie)とSafine Hamadi(通称Safine)による殴打、絞め技、ペイントボール銃の射撃、睡眠剥奪、毒性物質の強制摂取などが繰り返し放送された。これらは「ユーモア」として位置づけられ、視聴者からの寄付(ドネーション)で収益化されていた。
2025年8月17日から18日にかけての12日間にわたるマラソン配信中、Pormanoveはベッドで意識を失い、死亡が確認された。配信は中断されたが、映像の一部がソーシャルメディアで拡散され、衝撃を与えた。検死結果によると、Pormanoveの死因は「外傷性ではなく、第三者の介入によるものではない」とされ、医療的・毒性学的要因が疑われている。Nice検察庁は、死因究明のための捜査を開始し、司法警察が調査を担当。Pormanoveの心血管系の既往歴や、配信中の過酷な条件(睡眠不足、ストレス)が死を招いた可能性が指摘されている。事件直後、Kickは参加ストリーマーのアカウントを一時凍結し、「すべての協力ストリーマーを禁止し、法的捜査を待つ」と発表。Pormanoveの葬儀費用は、著名ストリーマーAdin RossとラッパーのDrakeが負担することを表明した。しかし、これらの対応は、政府や人権団体から「遅すぎる」と批判された。
Kick.comの背景:Twitchのライバルとして急成長

Kick.comは、2022年12月にオーストラリアのメルボルンで設立されたライブストリーミングサービスで、Amazon傘下のTwitchの直接的な競合として位置づけられている。
創業者であるEd Craven(30歳)とBijan Tehrani(32歳)は、オンラインカジノStake.comの共同創業者でもあり、KickはStakeのマーケティングツールとして生まれた。Stakeは世界最大級の暗号通貨カジノで、2024年の売上高は26億ユーロに上るが、フランスでは違法のためアクセスがブロックされている。Kickのビジネスモデルは、ストリーマーへの高額報酬(収益の95%をストリーマーに分配、Twitchの50%に対して)と、緩いモデレーションで差別化を図っている。
これにより、TwitchでBANされたストリーマー(例:Adin Ross、Amouranth、xQc)を引き抜き、急速に成長。2025年8月時点で、月間視聴者は約81.7万人、総視聴時間は21億時間に達した。Kickの人気カテゴリには、ギャンブル配信(スロットやカジノ)が含まれており、Stakeとの提携がその基盤だ。2023年、Twitchがギャンブル広告を禁止した後、多くのギャンブルストリーマーがKickに移籍。xQcとの2年契約は1億ドル(約1.4億ユーロ)と報じられ、F1チームSauberのスポンサーシップも手がけている。しかし、この緩いポリシーは批判を呼んでいる。コミュニティガイドラインでは、ヘイトスピーチや暴力は禁止されているが、施行が不十分で、性的コンテンツやハラスメントが横行。2024年末には、ギャンブルポリシーを改正し、18歳未満保護のためのID検証を義務化したが、フランス語圏では2024年5月からギャンブル配信を禁止。にもかかわらず、Pormanoveのチャンネルは数ヶ月間、暴力コンテンツを放置され、Kickのアルゴリズムがこれを積極的に推奨していたことが問題視された。Kickの成功要因は、ストリーマーへの巨額投資だ。Trainwreckstv(Tyler Niknam)のような初期支援者から、2023年のAdin Ross移籍、2025年のHikaru NakamuraやVitaly Zdorovetskiyとの契約まで、総額数億ドルを投じている。2025年3月には、Streams Chartsとの提携で新興ストリーマー支援プログラム「Kick Road Campaign」を開始、10万ドルの開発基金も設けた。しかし、収益化の95%分配はStakeの資金によるもので、広告収入はまだ限定的。Craven氏は2023年のインタビューで、「1〜3年以内に広告で黒字化」と語ったが、倫理的懸念が付きまとう。UCLAのギャンブル研究責任者Timothy Fong氏は、「Kickのギャンブルコンテンツの透明性不足」を指摘し、若年層への悪影響を警告している。
フランス政府の対応:規制の強化と司法行動
この事件は、フランス政府に深刻な懸念を抱かせた。デジタル担当大臣Clara Chappaz氏は8月20日、事件を「絶対的な恐怖」と形容し、ARCOMに事案を付託。Pharos(インターネット違法コンテンツ報告ポータル)への報告も行い、Kickに説明を要求した。8月26日、Bercyでの関係省庁会議(司法、内務、文化、経済)で、提訴を決定。Chappaz氏は、「プラットフォームの責任は任意ではなく、法的に義務づけられている」と強調。パリ検察庁は8月26日、Kickに対する捜査を開始。「組織的な違法オンラインプラットフォーム提供」の疑いで、故意に個人攻撃動画を配信したかを検証し、DSA遵守も調べる。罰則は最大10年の懲役と100万ユーロの罰金。ARCOMの役割は重要だ。2月、Ligue des Droits de l’Homme(人権連盟)がPormanoveのチャンネルを「人間の尊厳侵害」としてARCOMに提訴したが、KickのEU代表不在で対応が遅れた。8月20日、欧州委員会からマルタの代表指定を知り、即時連絡。8月21日のKickとの協議で、プラットフォームはモデレーション手順の見直しと利用規約改正を約束。しかし、8月21〜22日、KickがPormanoveチャンネルのブロックを一時解除(当局アクセス用と主張)したため、ARCOMは強く非難。「すべての行動可能性を検討」と警告し、チャンネルは再ブロックされた。ARCOM社長Martin Adjari氏は、「デジタル規制の新フェーズが必要」と述べ、市民参加型デジタル監視プログラムの開始を提言。政府の動きは、事件以前の文脈にも及ぶ。2024年12月、Mediapartの調査記事でPormanoveの虐待が暴露され、Nice検察庁が「脆弱者への集団暴力」と「障害者への暴力扇動」で捜査開始。Pormanoveは聴取時、同意を主張したが、精神状態の疑いが残る。司法はチャンネル凍結を要求可能だったが、実行されず。Chappaz氏の事務所は、「司法捜査中だったためARCOMを直接動かさなかった」と説明するが、La Quadrature du NetのBastien Le Querrec氏は、「警察・司法・政府の怠慢」と批判。10月にはOnline Hate Observatoryの再活性化を予定し、暴力コンテンツの収益化規制を強化する。
法的枠組みと国際的課題:DSAとLCENの適用
フランスの対応は、国内法とEU法に基づく。2004年のLCEN(第6-3条)は、プラットフォームに「明白に違法なコンテンツ」の削除を義務づけ、損害防止措置を要求。DSA(2024年施行)は、EUユーザー向けサービスにモデレーションを課し、違反時は巨額罰金。Kickはオーストラリア企業だが、EU代表(マルタ)を指定したため、適用対象。ARCOMはマルタ規制当局と協力し、フランス語モデレーションの詳細を要求。しかし、課題は多い。Kickのサーバーは海外にあり、即時ブロックが難しい。過去、StakeはフランスでANJによりブロックされたが、VPNで回避可能。類似事例として、2023年のギリシャでのKickブロック(ギャンブル違法提供)がある。フランスでは、2024年5月からフランス語圏ギャンブル配信禁止を課したが、暴力コンテンツの抜け穴が残った。弁護士Alexandre Archambault氏は、「具体的な報告があれば行動義務があるが、数千のコンテンツを監視するのは限界」と指摘。政府は、市民報告プログラム「Numérique Citoyen Réserve」を年末に開始し、監視を強化予定。国際的に、Kickのグローバル展開が複雑化要因。Stakeの暗号通貨依存は、規制の抜け道を生む。米国ではStake訴訟中、英国では2025年2月に広告スキャンダルで撤退。オーストラリアeSafetyコミッショナーは、「極端コンテンツの現実的影響」を懸念。Chappaz氏の提訴は、EUレベルでのプラットフォーム責任強化を促す可能性がある。
Kickの反応と業界への影響:モデレーション改革の兆しKickの公式声明は、Pormanoveの死を「深く悲しむ」とし、協力姿勢を強調。「フランス語コンテンツの完全レビューを実施し、コミュニティガイドラインを遵守」と約束。8月20日、関与ストリーマーをBANし、元フランスソーシャルメディアエージェンシーとの契約を終了。しかし、チャンネルブロック解除の一件で信頼失墜。Craven氏は過去、モデレーションを「意図重視」と説明したが、事件で再考を迫られる。業界全体では、Twitchがモデレーションを強化したのに対し、Kickの「エッジー」イメージが逆効果に。2025年、Kickはギャンブルパートナープログラムを廃止し、倫理的懸念に対応したが、暴力配信のリスクが露呈。ストリーマーAdin Rossは「厳罰を」と呼びかけ、RossとDrakeの葬儀支援は好印象を与えたが、根本解決には不十分。専門家は、AIモデレーションの導入や、収益化制限を提案。事件は、ライブ配信の暗部(精神的・身体的搾取)を浮き彫りにし、グローバル規制の必要性を示す。
より広範な示唆:デジタル倫理と規制の未来
この事件は、ライブストリーミングの倫理的ジレンマを象徴する。Pormanoveのケースは、視聴者の寄付が暴力を助長する「エクスプロイト経済」を示す。匿名性と即時性が、責任を曖昧にし、脆弱者(Pormanoveの健康問題、Coudouxの障害)を狙う。政府の提訴は、プラットフォームの「中立的」地位を崩す可能性があり、EUのDSA施行を加速。Chappaz氏は、「デジタル・ワイルドウェストの秩序回復」を誓い、2025年7月開始の収益化規制作業を進める。最終的に、この悲劇は、技術革新と人間の尊厳のバランスを問う。Kickのようなプラットフォームは、成長を犠牲にせず安全を確保する必要がある。フランスの行動は、他国に波及し、グローバル基準の形成に寄与するだろう。事件の詳細解明と、被害者家族への支援が今後の焦点だ。